スポンサーリンク

丁寧な暮らしのせいで一生分の家事をすり減らした話

生き方

丁寧な暮らしをいつか目指した、かぜのたみです。

今から12年ほど前の、20代前半の頃。

丁寧な暮らしブームがあり、「ステキに生活するとは丁寧に暮らすことだ」と刷り込みの洗礼を受けました。

ですが今はその反動で、1ミリとも料理やお菓子作りをしたいとはなりません。

お菓子もコンビニのシュークリームを買うのが楽でおいしいです。

今日は丁寧な暮らしを目指したばかりに、一生分の家事の自分の暮らしを目減りさせたアラフォー独女の話を書きたいと思います。

スポンサーリンク

丁寧な暮らしに捧げたもの

「クックドゥ」は蔑み対象でした。わたしが丁寧な暮らしを掲げてから、普通のスーパーは敵だらけになりました。

楽して作れるおかず群。

煮るだけや、和えるだけの素、混ぜてチンすればお菓子になるパウダー。

そういうアイテムを「手間をかけてないのに楽しいのかしら」と思いっきり、見下しました。

今では思います。

お前のライフスタイルには必要ねぇだろけど、ママたちは助かるんだよ!!!

たみ
たみ

あまりにも浅く自分勝手でした

ツッコミリス
ツッコミリス

浅はか〜

スポンサーリンク

手間をかけることがすべてなの?

家事にそこまでどうして心を捧げれたのか、かなり不思議です。

お金を使わずに済むかといえば、アイテムにこだわるのでそうでもなく、見栄えするかといえば、まあまあします。

それなりにプライドもがっちり保てます(ここポイント)

でもそれが、自分の暮らしを縮小させてたなんて気づきませんでした。

もっと家事は虫が湧かない程度にやって、ブログや投資で稼ぐ世界、もしくは、自分が自分らしい表現をすると認められる世界があることをさっさと知りたかったです。

たみ
たみ

正直、そっちのが楽で自分に合ってます

スポンサーリンク

限られた収入のなかで丁寧に暮らす

自分が稼げる金額に自信がなく、それに過剰に適応する形で私の「丁寧な暮らし」は、とっても都合がよかったです。

今のわたしなら、そんなん低い給料だけで我慢して終わるのは勿体ない!自分でも稼げる仕事を見つけ出して、ガンガン能力を開花させるんや〜!と考えます。

当時のわたしは「自分にできることはないから…」とせめて家事を丁寧にすることに徹しました。

昭和の女です(今はもう令和です)。

節約や完全なる社畜、その世界以外から抜け出せる方法をわたしは知らず、むしろ知ろうともしませんでした。

「丁寧な暮らし」のもとに。

たみ
たみ

丁寧さを怠惰の隠れ蓑にしてしまいました

スポンサーリンク

不況の元に繁栄した丁寧な暮らし

経済が縮小傾向にある時、小さく暮らすスタイルは合理的に見えます。

自然素材のざるや(かさばるし高い)、ヒノキのまな板(いいけど、凝りすぎ)、インテリアに飾っていた拾ってきた流木(虫が湧き出て騒ぎに)。

どれもこれもナチュラルでした。わたし自身の本体だけが、非ナチュラル。

そこから脱する方法を考えないのが、かなり害でした。つまり放棄したのは「自立心」。仕事をしないと生きていけないのに、家事ばかりして、完全に逃避でした。

不況ゆえ発展したビジネスもあり、視点を変えた新しいことがどんどん生み出されていくもんです。

だけど、どうしてそこから抜けでようとせず、もがかなかったのか、今では不思議です。

切り干し大根をまぜたおにぎりや、大根の葉を炒ったふりかけは、都会のワンルームで暮らす女子には不釣り合いです。

田舎の豊かなライフスタイルを、都会で再現してもそれはやっぱりパチモン。

適当な食材で死なずに暮らして、時々キャンドゥのクイック○ワイパーの類似品で埃を取っておけばそれでよかったのに。

たみ
たみ

独身の家事にそんなに手間かけなくてよかった!

それは家族がいる人の暮らし方。かなりざっくりいえば、やる事が決まってる人の生活です。

今の私は思いますよ、あなたならもっとイケる…!!どんどんやるんや!!とコーチばりにエールを送りたいです。

たみ
たみ

よっぽど自分から目をそらしたかったんでしょうね

スポンサーリンク

丁寧な暮らしという抑圧

一番の弊害は「丁寧さ」による抑圧だったんじゃないかと考えます。

自分がやりたいことではないのに、やり甲斐のように感じてしまう。

もっと自分の能力が発揮できる場所はたくさんあって、もっと貪欲に求めてよかったはずです。

わたしはそれを「丁寧な暮らし」を選択することで放棄しました。

部屋はまあまあ散らかってても、がむしゃらに外でやりたいことをやる、もしくは自分が打ち込めることを家でやっててもよかった気がします。

でもまさか、家事が抑圧になるなんて20代前半のわたしは気づきもしませんでした。

だってその抑圧は世間様からくるもの。

経験値の浅い女子にはそんなのわかりっこないです。

むしろ「良いお嫁さんになれそう」と良いこととされてました

ツッコミリス
ツッコミリス

…それを良い嫁とする男と世間からの圧よ

▼こんな本も出てますよ。

たみ
たみ

珍しいことに、レビュー欄が燃えてます

スポンサーリンク

適当でだるいそのままの自分を認めること

時間をかけて丁寧に作った食事がそんなに大事なのか

ほころびを縫い直して着続ける服がそんなに尊いのか

たしかにお行儀はいいかもしれません。

でも「わたしらしいか」と問われると首を傾げますね。

もっとこう、はちゃめちゃで暴れ馬のような自分がいて、それを抑えるのが大変でした。

20代の女子なんか、やたら化粧したり、むだにおしゃれしたり、もっと夜遊びとかしてめちゃくちゃで良かった気がします。

それを証拠に、今はやりたいことをやっているので(会社に通うのがだるい)清々しいです。

今も鍋で米を炊いたり、掃除は手でやりますが、なんか色々適当に過ごした結果、一番楽だからです。

今は丁寧の反動で、一人で食べるための料理がめちゃくちゃめんどくさくなり、今では炊いたご飯に色々な物をONするだけになりました。

グラノラやポテチが夕飯でも、誰も困りません。健康に暮らせてたらそれでいいです。

たみ
たみ

丁寧に暮らせば、自分のことを好きになれる気がしてました

スポンサーリンク

まとめ

本来の自分を見失うと、どこかから提示された「正しさ」にすがりたくなる時があります。

自分のやりたいことをそこに合わして生きていく方法もあります。

でも、自分なりのアプローチの仕方で暮らす方が俄然良い結果を生み出す。

その人にしかできないこと

それを追求する生き方の方が、わたしにはよっぽど生きてる感じがします。

求められた問いをこなして、正しい答えばかり出す生活。

誰かから認められたとしても、それは「誰かにとって都合がいい、正しい答えを出せたから」です。

そのことにもっと早く気づいて、檻と抑圧に舌打ちして、さっさとその場を離れた方が俄然ハッピーなのにです。

適当に暮らしてるとなんか色々言ってくる人もいますが、ただ単に「抑圧されてきたので、誰かも抑圧しなきゃいけない」としてる可哀想な人です。スルーしてOK。

ツッコミリス
ツッコミリス

敵にもなりません

自分を抑えることに快感を覚えてしまったら、小さく暮らすことが当たり前になってしまったら。

自分らしい生き方を消すことになります。

もっと適当で自由で普通の過ごし方で、よかったんですね。リアルに勿体無かったです。

たみ
たみ

ドMな人は別にそのままでいいですよ

それではステキなあなたライフを〜!

 

 \いつもありがとうございます/
応援のポチ下さると嬉しいです

にほんブログ村 にほんブログ村へ
にほんブログ村

たみ
たみ

>>メルマガも毎日配信中
ミニマリストのオススメアイテムや片付けの方法、日常生活のお得情報を配信しています。バックナンバーと購読の登録はこちらからチェキら〜

生き方
スポンサーリンク
スポンサーリンク
ミニマムなライフ