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背伸びして暮らした無印さんとの日々のこと

日常

無印良品びいきでした、かぜのたみです。

無印良品週間をちょうど実施中の今ですが、最近ふと無印について考えます。

家の中のもの、無印にこだわらなくていいんじゃないかってこと。

確かにデザインがよく、丈夫であったりしますが、自分の暮らしの場合は100均でも良かったんじゃないかと振り返ったんです。

今日はそんな「無印さん」との暮らしについて、書いてみたいと思います。

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無印さんとの暮らしに無理してた自分

無印について、先日こんなツイートをしました。

 

たみ
たみ

イキッてたかもしれません

無印良品が決して悪なのではなく、「なんでもかんでも」無印良品に頼るのはどうかということです。

家族暮らしやホテルなど、しっかり使う場所で無印のアイテムならまだしも、自分の一人暮らし(仮)という場所では、ダイソーやセリアで良かったんじゃないかって本当に思いました。

お金的なこともありますが、「別にそれほどちゃんとした物でなく良かった」という実感です。

だいたい使えればそれがいい、という感じのラフさが恋しくなりました。

たみ
たみ

完全イキってました

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無印と距離を置くのはズボラ飯を許容した感覚を取り戻すこと

無印良品の”ちゃんとした感じ”に頼りたい自分がいました。

でも今はそんな”ちゃんと”でもなく”シンプル”でもなく、「適当になんとかなってればOK」という心持ちです。

これは自炊でいうところの「ズボラ飯でいいじゃん一人のご飯なんて」というところに通ずる感覚。

ハイスペックであっても、所詮使うのは自分一人です。

自分の満足感が低いハードルの方がいろんな面でよっぽどハッピーなんじゃないか。

100均よりちょっとお高いけど、良いものなんだから

そう自分に言い聞かせるような気持ちがしんどくなりました。

自分にとって身近でリアルなのは、ダイソーやセリアなのに、少し高いお金を出して、わざわざ…というのが無印で、自分の中の面倒な感覚とがっちり繋がっていました。

ミニマリストが自分のプライドの高さに気づいて捨てる話
たみ
たみ

つまり全てはプライドの仕業です

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無印というプライドの矛

無印良品の周辺には「ちょっと安物とは違うのよ」という空気が漂います。

J-Popよりケルト音楽を、スチール棚より木の床と棚を、ケミカルな香りよりもマンダリンのアロマ香を。シンプルでセンスがよく見えるコツが無印には集まっています。

でもそれが、超しんどい。しんどいよーとなったのがつい最近です。

無印の商品を身の回りで固めて、自分を防衛するのはもやめやめ!という気持ちが訪れました。

いわば無印週間の終焉です。濃くて短い、無印週間でした。

セリアさんに抱かれながら、無印さんのことを考える、そういうこともやめます。

自分が思う身の丈や、日常生活のレベルが自分が思っていた以上に案外高めに設定されており、それが自分自身を苦しくさせていました。

 

たみ
たみ

身の丈がわかっていませんでした

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自分の暮らしを真っ向から考える

自分の暮らしは「こうでありたい」が、まだまだ残っていたのを知らせてくれたのがMUJIでした。


無印さんは、自分にとっては出来すぎる相手だった。

もっと自分がのびのび振る舞える相手と一緒に暮らしたい。

自分の身の丈を考えるとき、人は自然に、1.5倍くらいに設定してしまってるのかもしれません。

MUJI商品の不思議なところは、どんな人が持ったとしても、その人もなんとなく「無印」になるところです。「おや、それは無印ですな」と万人がおそらくわかるようになっている。隙のなさが怖い。

これがダイソーやセリアなら「なんとなくその人っぽい」が残るのに、その人の個性を消す威力が無印さんにはあります。

「ちょっとセンスがいい」(でもよく見たら大分いい)というのは、個人を覆いかぶせてしまう威力があるのかもしれません。

私はそれを「無印の抑圧」と呼ぶことにしました。

 

たみ
たみ

自分が無になるような特別な圧です

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無印の抑圧から解き放たれる

シンプルでナチュラルで、センスがいい感じを醸したい時に無印良品は、そつなく役をこなしてくれます。

まるで、自分自身が「シンプルでナチュラルでセンスがいい人」になれたような錯覚を覚えて高揚します。

だけど私たちは知っています、センスがいい人はその存在自体が既にハイセンスであることを。

センスがない庶民の私たちは、別にそのまま適当に存在してていいのではないでしょうか。

センスを問われる世界に暮らしてる訳ではないのに、ということを自覚してまたもや猛省しました。

無印である私は、いつの間にか「私が無印良品」になってたのでした。

これは「丁寧な暮らし」と根本はがっつり繋がっています。

丁寧に暮らそうとするあまりに、自分自身の内面の穴をより深く掘ってしまった”あの感じ”と、とてもよく似ていました。

たみ
たみ

もう別に何を食べてても、使ってても私は私なので別にいいです

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まとめ

無印良品週間真っ最中にしたからこそ、気づきました。何を私はそこまで無印にこだわっているのかと。

もう持っているものは使い続けますが、もしまた新たに必要なものがあれば、買いやすく使いやすい商品がもっと手近にあればそれがいいです。

無印良品が教えてくれたことは、私たちにブランド性という矛を持ち直させたところ。

ブランドみのないブランド、宗教みのない宗教、ドヤ感のないドヤ感、そういうアクを抜いたものが今はウケます。心当たりはありますか?

ブランドからの脱却を目指して立ち上げられたのが無印良品発足当初の歴史でしたが、もはやそのコンセプトからは遠く離れ、いつの間にか世界のMUJIであることを、私はあまりにも無自覚でした。

僕、フランスで評価されてるみたいなんだ

そう呟いた無印さんの言葉を、私はもっと重く受け止めてもよかったのかもしれません。

ただ、バナナバウムはあちこちでは見かけないので買い続けます。

自分にとって無印さんとの関係は「時々おしゃれな場所でお茶する」そのくらいの距離感がちょうどいいです。

それでは素敵な、あなたライフを〜!

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無印良品をもっと深く知る本を集めました!

研ぎ澄まされた戦略に耳を傾ける

たみ
たみ

「心がおいしい商品」というコンセプトに鳥肌が立ちました

価値が高いとはどういうことかを教わる

たみ
たみ

優れたコンセプトが人を動かすんですね

MUJI式というマーケ術

たみ
たみ

世界に通じるのもすごいですね

無印に学ぶ仕事術

たみ
たみ

仕事までシンプルにできるんですね

デザイナーの偉業を知るきっかけ

 

たみ
たみ

有名デザイナーの製品が使えるのがすごいですね

もはやPDCAにまでMUJI流が着手

たみ
たみ

シンプルなのにすごいですね

知らぬところに起死回生が

たみ
たみ

再起した姿なんですね、この本面白かったです

 

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たみ
たみ

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