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<ブログ1周年記念>目標は立てない方がいい!?「なりたい」が自分の芽を摘む

生き方

目標が立たない、かぜのたみです。

毎度、自分が取り組むテーマはクールごとに持っている気がしますが、目標というのはあまり立ててこない人生でした。

なので、ブログ運営が1年たつ今、この1年間を振り返ると「目標を立てなかったからたどり着けた気がする」と気づきました。

”目標”と聞くと「立てねば!」と思う人や「目標はなんとなく立てておきたい」という人の方が多いかもしれません。

でも自分は目標がないタイプなので、続けるしか選択肢を持たなかった、という方が近い気がします。

今日は「自分の目標ややりたい事との向き合い方」について書いてみたいと思います。

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目標は常にありません

自分は昔から目標というものが全く立てられないタイプです。あと、未来や将来への妄想も繰り広げたことが一切ありません。

なので、これまで”夢”というものがなく「将来の夢」も適当に言ってごまかしてきたタイプでした。

何しろ「したいこと」や「なりたいもの」がありません。

ブログを書き始めたのも、出会い系アプリで会った人たちから勧められただけで、あとは進めていくうちに「やること」が増えていき、それを淡々とこなしてきただけに過ぎない感じがします。

社会人になって初めて就いた仕事(出版の編集職)も、人から「向いている」と勧められてやってみた仕事で、それが今のブログ運営にも繋がっています。

目標を誰かに話したこともなく
夢を誰かに語ったこともない

それでもなお継続する力があるのは、続けている過程でしか見えてこないことがあるのを知っているからです。

人というのは小さな力でも一つ何かに取り組み始めて、うまくフィットした事だと自分なりのムーブメントを起こす事ができます。

継続もただの惰性で進めるものなら、それは自分の欲求からかけ離れたことで「義務」です。なのでちょっと違うものになります。

たみ
たみ

今に焦点を当てるのは意外と難しいことなんでしょうか

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風流に生きる茶人というテーマが原点

いつから目標がないのか…と記憶を辿ってみると、割と軸が決まった時期が見つかりました。

それは中学生の時に読んだ本で、これは自分が生きていくテーマにしよう、と思った感銘を受けた本があり、卒業作文集にも書いた記憶があります。

「茶人」をテーマにしたエッセイで、基本著者のくだらない日常しか書かれていない本だったのですが

本流の良いところだけをかいつまむと

「我を捨て風に流されて風流に生きよう」

みたいな内容でした。

茶人といえば粋の代名詞みたいになっていますが、我欲や執着を捨てて、何気ない目の前のことを慈しもうぜ、というようなメッセージだった気がします。

著者は有名なギターデュオ『ゴンチチ』のチチ松村氏。生み出す音楽はご存知のようにとても心地よいですが、奇人で有名な人でもあります。

ツッコミリス
ツッコミリス

風に流されて生きるって素敵

中学生だった私はこの本を読み感動し、また自分の性格にもフィットしたのだと思います。時には人や場に流されすぎながらも、どうにか生き延びれ、基本何かに流されて動いてきました。

たみ
たみ

今では自分が「かぜのたみ」と名乗っているのも不思議ですが、自分は風にゆかりがあるのかもしれませんね

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↓チチ松村さんはゴミを生き返らせる達人です

↓「海に漂うクラゲになりたい」と26年も前にいち早く自宅でクラゲを飼い始めた珍しい人です

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自分を消す練習

目標はいつもないのですが、これまで意識してきたことがあります。

「我をなくす」ということです。

自分が10代から好んで読んできた本にはだいたい共通点があり「我をなくす」という言葉が一貫して登場します。

わしがわしがの”我”を捨てて、おかげおかげの”げ”で暮らせ

引用:中島らも氏のエッセイの何か

みうらさんの本も結構読んできましたが、基本は「自分なくし」にシンパシーを覚えてのことです。

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自分にとってのやりたい事とは「喉が乾いたのでちょっと何か飲む」とか「眠たいのでちょっと横になる」とか「お腹が空いたのでちょっと何か食べる」「知りたいことがあるので本を読む」とかそうした事で

”何かを成し遂げたい”というのは全く別の所にあります(というかそれが存在しない)。

やった方がいいことはありますが、「なりたいこと」「成し遂げたいこと」はありません。

もともと生きたり欲望に対してのエネルギー値がものすごく低い人間ですが、動くときはストイックで貪欲です。

もともとの思考が仏教的なのかは不明ですが、なんとなく自分でも諸行無常感が感じられます。

お坊さん達に「やりたいこと」はなさそうですが(イメージです)「やるべきこと」や「向かっている方向」はありそうな感じがしています(イメージです)。そんな感じになんとなく似ています。

たみ
たみ

自分は宗教を勉強するのが好きでしたが、キリスト教はものすごく「ある」感じがします。仏教は何か「ない」感じがしますね

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まとめ

最後に1つ上げておきたい、私が好きな話があります。高校生の時に、担当の先生から聞きました。

↓この郵便局員の人の話です

郵便配達夫であるフェルディナン・シュヴァルは、ソロバン玉が重なったような奇妙な形をした石につまずいた。

その石から何らかのインスピレーションを得たシュヴァルは、以降、配達の途上石に目をつけ、仕事が終わると石を拾いにいき、自宅の庭先に積み上げるという行為を続ける。

1912年、33年の月日を経て宮殿の「建設」は終了。 村人達からは変人の所業として白い眼で見られたが、徐々にマスコミに取り上げられるようになり、見物客が訪れるようになった。

引用:Wikipedia

リンク先に行って建築物をぜひ見てみてください。

石を積み重ねていったシュヴァルは、目標や目的は持っていなかったのだと思います。

「何かを作りたい」という思いは、目標や目的がなく生まれるものです。私はアウトサイダー・アートが好きですが、そこには「欲」や「自分」がないからです。

人の賞賛や自分の中の葛藤、それらがなく”無”の先にこそ自分がある気がします。

なので、今でも自分は「目標なんて人に体裁だてたい時だけに言うもの」で自分の中では存在しないのと同義です。

「好きなタイプは俳優の〇〇」と同じくらい適当です。

それでは、素敵なマイライフを〜!

↓前述の郵便局員シュヴァルは「石積み上げたら崩れちゃうかな…」とか考えなかったはずです

細かいことを気にしてるうちに全て終わるぜ

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たみ
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