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やりたいことはキラキラしてなきゃダメですか?

生き方

こんにちは、ミニマリストのかぜのたみです。

今日は「キラキラした自分」「やりたいことはキラキラしてる必要があるのか」ということについて考えてみたいと思います。

キラキラ(笑) と語られることが多い昨今のキラキラ事情ですが、ある非突然キラキラ像が現れたのではなく、なんとなくじわっと存在していたなぁと思いました。

自分の体感でいえば、個人個人にあるというよりは”社会において”とか”女子が会社で働くとは”というところにフィルターがあった気がします。

このキラキラがどこから来てるかといえば、もしかしたらここかもしれない、というのが出て来ました。

最近こんな本を読みました。

アラフォーといっても年齢カテゴリのことでなく、本の中ではバブル世代〜氷河期世代のだいたい1965年生まれ〜くらいの世代を指しているようです。

本のメインとなるのは個人の趣味嗜好というよりは、国が定めた「男女雇用均等法」による、社会の変化に観点が置かれおり、女性が〜女性が輝ける〜という文脈はここから湧き出て来たのか、と歴史を知るような感じで振り返りました。

私は83年生まれなのですが、自分が社会に出た時に「もうなんとなく開墾された跡地」で働いている感覚はありました。その少し前には、女性の自立というお祭り騒ぎがあったと思うのですが、それを知らないで働いていたのは(うっすらと知っているにしろ)かなり無知だったなぁと今では思います。

今回はこの「キラキラした自分」の歴史を社会背景と共に振り返ってみたいと思います。

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女性が輝ける社会に!の圧

ていうか女性たちにちゃんと「輝きたいの?」と聞いたのか、というのが、のっけからの素朴な疑問です。

「私たち、輝きたいんです」という要望が多くて、社会を変えるべく法を定めたというよりは、国に色々な事情があり「ちょっと輝いてもらわないと…」というのが現実的なことですね。

それまで「国に力をつけるために男性にがむしゃらに働いてもらう」と「そのために女性には専業主婦になってもらって家事育児を全てやってもらう」というシステムになっていました。

そうなると女性は自分では稼げなくなるので、専業主婦の扶養制度をつけたりして、いち家庭は回るようになってたものの

なんかバブル的なものが崩壊、これまで養われていてお家にいれた人も働いてもらわないとダメになっちゃったんだよね…ということで「輝ける女性」というスローガンを作り、不具合になることは全部なかったことにしようという作戦だな!お前!という感じが、キラキラした女性像に感じる私たちのモヤモヤなんじゃないかと思いました。

また全部こっちかい

という、脱力や諦めにも似た諦念感が”キラキラした女性”の周りには漂っているようには感じます。

スーパーポジティブな人で、体力が有り余っている人で、なおかつ能力も経済力もサイア人という人だけが「輝ける女性」という聖地で”生き生きと”活躍することになり

一般の民は「おお…」と圧倒されるだけ、もしくは「ああなれない私だめぽ…」と肩を落とすという「ちょっと女性の自尊心を勝手に弄んでるんじゃないわよ」というのが”女性が輝ける社会に!”ではないかなぁと思いました。

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身の回りにあったキラキラした圧

具体的には私の周りで起こっていたのはこういうことでした。わたしは割と20代の頃はキラキラした圧のど真ん中に生息していたので、生きるのがかなり大変でした。

当時、わたしが働いていたのはこんな感じの人間関係と背景でした。

<キラキラ圧力の流れ>

男女雇用均等法(1985年くらいに制定)
※スーパーサイア人を各地に生み出す

▼圧力

①上司の上司(50代くらい)
子持ちのワーママ(サイア人)
おそらく3人くらいは育てあげてる

▼圧力

②上司(40代くらい)
子持ちのワーママ(ハイスペ美人女性・家事は家政婦さんに外注)
港区在住、一人娘は私学に通わせる

▼圧力

③わたし(20代くらい)
独身(特に際立った能力はない・食費月1万)

サイア人は第一線を引退しているので、わたしとは接触がないのですが、サイア人から「キラキラ女性」の圧を直に受けたハイスペ女性である上司は、わたしに当然のように同じだけの圧力をかけてくるので、半端ない息苦しさでした。

サイア人にならなくてもいいけど、これくらいはできないとね…というやんわりした圧です。

人は自分が出来たことは、他人もできると思ってしまいがち、その人の素養や能力を無視した「キラキラの押し付け」は、本当にそのあとの人生を見失うくらいの威力があるなと感じました。

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各方面からのキラキラの押し付け

上司というリトル社会から「キラキラの押し付け」をされたわけですが、振り返ってみると専業主婦の母親から来た「キラキラの押し付け」というのも子供の時から存在し

 

お母さんからのキラキラ=女の子はおしとやかで綺麗に可愛くネ(ハート)

〜男女雇用均等法という川〜

ハイスペ上司からのキラキラ=産んで働いても美人はキープ(ガッツ)

 

という全然違うマインドの持ち方でした。誰も「わたしがどうしたいか」というのは耳を貸さず、ひたすらご自身の”キラキラ観”を全世界の常識のように掲げて来ました。

困ったなぁ…と思っていればまだいいですが、純粋な自分は「お母さんということも、上司のいうことも聞かねば!」と過ごしていたことを遠い目で思い出します。

というので、キラキラアレルギーでもないですが「なんやねん、キラキラって」と斜に構える人も自分だけではなく、結構日本全国に存在しているのではないかなぁと思います。

キラキラ上司も、キラキラママであったお母さんも、みんなそれぞれ本当にやりたかったことは、実は誰1人できていないのかもしれません。

「それしか許されなかった」「それが一番生きやすかった」のが、男女雇用均等法ビフォーの専業主婦という生き方や、均等法アフターのワーママでゴリゴリやる、という生き方なのかもしれません。

今は「あ〜法も作ったけどなんかうまくいかん!みんなそれぞれでうまくやれい!」というのが今の空気な気がします。グダグダです。

そんなグダついた中で「わたしは働きたいから外で働く」とか「わたしは主婦が向いているから主婦をやる」とか、「僕は外で働くより家事するのが向いてる」とか「っていうかもう性別関係なくない?」というので、選択肢もえらい増えたもんだ、というか「自分で決めていいのか!」という衝撃もあります。

今私たちはものすごいアップグレードを叶えようとしています。

この感じは、Windows XPからWindows 7へのアップグレードというより、WindowsからMacへの変換、というくらい”まだ全然互換性がなかった頃のWindowsとMac”の話みたいなだなぁと思いました。

なので「Mac」と言っただけで「うちはWindowsだから…」と蔑んでしまう人がいたり「Macは職場には向いていない」と一辺倒に決めつけたり、混乱する感じがあっても当然だという気がします。

たみ
たみ

いつ頃からかWindows→Macに書類を送っても、がっつり文字化けしなくなりましたね(時々はありますが)

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グダグダで消えつつあるキラキラと丁寧と

というので、ここまでわたしの身の回りに起きたキラキラの圧と、圧力が起こった背景を軽く見ていったのですが、キラキラの圧から逃れる方法が隙間産業のようにポコポコ生まれて来たのも、私たちの時代でした。

ギラギラしたキラキラからの逃避先として、丁寧な暮らしというアイデンティティがあったのなら、今はもう「かなりカスタマイズ可能」という超グダグダなゾーンに突入しました。

圏外突破です。

バブルが弾けて圧に変化したのなら、今はもうむしろ圧からは解かれ無重力であっていいはず。ゆるふわです。

なので、適当に自分が生きやすいところ、過ごしやすいところを自分なりに見つけて、なんとなく過ごそっか、というのが今ではないでしょうか。

着飾りたい人は着飾ればよし
モテたい人はモテたらよし
家事したい人は家事したらよし

という感じで

家事はしないけど子育てはする
モテたいけど結婚はしない
異性とは結婚しないけど同性とはする
日本人だけど海外に住む
働くけどゆるく働きたい

多様性のあまりの激しさに、それまで活躍していたWindowsはもう起動するはずがありません。

わたしもたまに、化粧しないといえば「女を手放すのはどうなのかしら?」とかいうお声もよく頂きますが

わたしはそこに女性であるという存在意義を結びつけていない

というマインドなので、もはやWindowsXPともうMacというより、iPhone7は通じ合うことができず、お互いただ物体として、それぞれの地でそれぞれ働くだけ、という感じです。

iPhoneは自分なりにしっかり進化を遂げつつ、WindowsXPのことは見守るのみです。

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YouTubeでは別の感じでゆるく話しました

【ゆるく語る】やりたいことってなきゃダメ?/ミニマリスト/生き方
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まとめ

自分が思うキラキラが、よくよく見ると、ラメやパールのように様々なキラキラに分かれていることを発見しました。

あとは別にキラキラしてなくてもよく、マットやツヤ、ナチュラルなど色々なテクスチャーがあっていいのが今です。

あとは女性が輝ける社会、というものが、LGBTな流れとどう共存していくのかとかも、誰も突っ込まないのかなぁ…と考えたりもします。

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すべての女性が輝く社会づくり | 首相官邸ホームページ
政府が推進する「すべての女性が輝く社会づくり」に向けた取組について紹介します。

もう国の方針自体がバラバラでグダグダなので、YouTubeのコメント欄がジェンダー観のカオスになっていてもおかしくないと理解しました。

性で分ける、という性別というカテゴライズが、社会での働き方やその人の夢や目標を知らない間に決めつけてしまってるというのは、これまで当然だったのですが、これからは当然ではないのかぁ、ということ

そしてそれを不思議に感じる世代と「別に普通」と感じる世代が存在するのも理解しておいた方がいいなと思います。

だいたい家族間でも3世代くらいに分けると

孫「おばあちゃんの言ってくることはわからなくて当然」

と思っていたりしますが、同じ立場にいると錯覚してしまうと「通じない」と憤慨したりするのは結構日常あるあるです。

キラキラした女性も、キラキラしてるしてないだけでなく、もう別に女性に限られることなく「みんながそれぞれ」でいい気がします。

キラキラ女子という呪いは思いのほか深いところにある ですね。

たみ
たみ

思ったより今日はオピニオンしました

それでは素敵なミニマムライフを〜!

【関連記事】母親から引き継いだ自分を潰す呪い”専業主婦マインド”を手放す

【関連記事】読書レビュー:「82年生まれ、キム・ジヨン」なぜ性差別はなくならないのかを垣間見れた本

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キラキラと女子について考えられる本を集めました

自分だけじゃないがよくわかる本

たみ
たみ

女性のあれこれを考えるとき、雨宮処凛さんの本はとてもわかりやすいです

キラキラという誰かにとって都合良いもの

たみ
たみ

キム・ジヨンは2019年のベスト本に入りますね

キラキラしないけど輝けるママという理想

たみ
たみ

会社だけでなく家庭こそキラキラ的な圧が潜んでいますね

キラキラより自分で選ぶことの難しさ

たみ
たみ

キラキラの方がかえって簡単で”自分でいる”ことの方がよっぽど難しいです

生き方
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ミニマムなライフ