コーヒーをやめる!カフェインレス生活の効果って?

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こんにちは、@かぜのたみです。

そういえば先週くらいから、コーヒーを口にしないようにしています。それまでは1日に2〜3杯くらいはコーヒーを飲む、まあまあなコーヒードリンカーだったんですが、あるときにふと思い立って、コーヒーを飲まない生活をスタートしてみました。

コーヒーをやめちゃう!?(ほぼ)カフェインレスで数日暮らしてみて気づいた自分の変化
コーヒー大好き人間ってわけでなかったはずなのに、いざコーヒーと離れて暮らしてみると混乱する自分がいました。ミニマムなライフにコーヒーは必要だろうと思ってたんですけど、別に役立つ訳でもなしと考えつつ、地味に辛いです…コーヒーを手離して気づいたことは身体面だけでなくて、気持ちの面でも変化が結構大きいかもしれません。

▼全体としてはこう

コーヒーが自分に及ぼしていた影響はあまりはっきりとはわからないんですけど、ある記憶が出てきたんですよ。わかってきたことがあるので書いてみますね!

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コーヒーが体に合ってなかったんじゃないか説が浮上

コーヒーと距離を置いてみると、自分がコーヒーを飲んで具合が悪くなったことを思い出したりしてました。

ツッコミリス
ツッコミリス

あかんやつやん!

わし
わし

でも飲みたいってなんやろね

インスタントや軽いドリップのやつは大丈夫なんですけど、焙煎したてのフレッシュなコーヒー豆を使ったコーヒーを飲んだ時、急激に血圧が下降したような、すごい体調不良になったことがあるんですよ。

体も全身血の気が引いたようになって寒くて、本当にあれなんだったんだろう、ていう体験だったんですけど

フレッシュなものって、食べ物の本来な感じが一番光ってる時ですよね。きっと自分にとってコーヒーはNGなものなのかもしれないなぁとぼんやり思いつつも、気にせず過ごしていました。

他にもネルドリップは苦手だったり、酸味が強いのは苦手だったり、割とコーヒーならば全部好き!めっちゃ飲みたい!コーヒーを飲んでると体調も良くなるしめっちゃいい!っていう物でもないのに、

本当にまさに惰性で

コーヒーを飲み続けてきたなぁと我がことながら「ははぁ…」と振り返りました。

習慣なんですよね。

そんな時には自分は「習慣なんだ、やめなきゃ」とか「カフェインは体に悪いそうだからやめよう!」ていう風には考えないようにしてるのが、日頃のカウンセリングの成果だと思ってます笑

そういう時は、コーヒーとセットになってる記憶を手繰り寄せてみる

これ、自分はすごく無自覚にやってましたけど結構特殊な方法ですね。

自分自身も月に1回カウンセリングを受けるようにしているんですが、プロの手ほどきを受けるとこういう打開策を提案されたりします。

なので普段の生活でも、自分にとってのコーヒーみたいな感じで、それほど気に入ってもないのになんとなく手放さずにいることがあったらその物事の背景にどんな記憶があるかっていうことを見るようにしているんですよ。

物としての機能面以外であれば、その物は記憶のアイコンみたいな、表層的な存在であることが結構あるんですね。自分の経験だけかもしれないんですけど。

で、自分にとってコーヒーはどんな物の象徴なのだろうかと記憶を手繰り寄せて行ったら、出てきましたよ!

初めてコーヒーを飲んだ時の風景が浮かんできました。

私は大学生までコーヒーをそれほど好んで飲んで来なかったんですね。

実家も両親ともコーヒーが苦手だと公言していて「香りは好きなんだけど味はどうしても苦手なんだよなあ」というタイプだったので、コーヒーを飲む習慣が全くなかったんですよ。

だけど、ある時に南アルプスの方面へリゾートバイトへ行った時に飲んだコーヒーが、これまでにないくらいに美味しく、衝撃を受けたんです。

こんなさらっと透明感のあるコーヒーというものがあるのか!!!と、それはそれは。

 

しかも飲んだシチュエーションが素晴らしく、「朝靄に隠れた白樺の林を眺めながら、木のテーブルでいただく」ていう、割と非日常的な空間で飲んでたことを思い出しました。

 

もうこれで閃きましたよね。ああ、私はあの風景にいた時の自分を再現したかったのではないかって。

 

その喫茶店でバイトをしていたんですけど、あのガラス張りの店内や、ウッディな雰囲気、窓の外に広がる白樺の林、とかの風景が大好きでした。

祖父母らはシティボーイ&ガール、さらに自分は大阪の郊外育ちの自分にとって、そうした環境があることは衝撃だったんですよ。

脳が休まるっていうか、自然に囲まれて安心して過ごせる感覚を私はそこで体感したのだと思います。コーヒーというツールを持って。

なんかすごくしっくりくる記憶で、コーヒーも一役買おうとしてたんだなぁと思いました。疑似体験というか。

でも、いくらコーヒーを飲んでも、あの白樺の林は登場しない。それよりも、自分はただイメージとしてだけ再現していてもいいのでないかってそろそろ気づき始めていたのかもしれません。

だいたい、記憶とセットになってることが多いよね

自分が当たり前のように受け入れていて、習慣になっていることの背景には、実はこうしたことが自分の内面のバックグラウンドで行われているんだっていうことを今日は解剖してみました笑

このことを私はすごく大事にしていて、物を手放す時にもその背景にメインを置いて接するようにしています。

もし嫌な体験がその物の背景にあったら、私自身は少しの自覚がなくても、バックグラウンドではガラガラと何かが稼働しているかもしれないからです。

別に手放さなくてもよくて、記憶を良いものに上書きするという方法もあるみたいということをカウンセラーから教わったことがあるんですけど

プロの手を借りなければいけないほど、人の記憶って強固に残るんだなぁと。自分の内面に、飼い慣らせない猛獣がいるような!

物が手放せないっていう時には、もしかしたら、見てみないとわからないですけど、こうした私にとってのコーヒーのような感じで自分の手放したくない記憶と結びついているからかもしれません。

ツッコミリス
ツッコミリス

知らんけど!

そう思うと、「手離したくない!」って思う人の気持ちも、なんだか愛おしいです。

 

取ろうとすると「ヤッ!」って体でかばおうとする仕草みたいで。

けどあの仕草、胸の前にしっかり持ってるイメージなんですけど、心に近づけておきたいんですかねぇ。

 

手離せないものはありますか?

それではステキなミニマルライフを〜!

 

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